組織開発事例ーキューサイ株式会社様ー

激変する事業環境の中で、階層の垣根を超えて、社員自ら変化を起こす組織を作り上げる

プロフィール:キューサイ株式会社 代表取締役社長 神戸 聡氏

1969年愛知県生まれ。広告会社、化粧品会社を経て、2015年にキューサイ株式会社に入社。通販事業の責任者を経て、2017年2月、代表取締役社長に就任。2011年の東日本大震災をきっかけに、自身の働き方・生き方を見つめ直す中で、オーセンティックワークスの講座を受講。趣味はダイビング。休暇には、家族とともに様々な離島を訪れている。

企業紹介:キューサイ株式会社

1965年、菓子製造販売会社として創業。1982年、ケール青汁の製造販売を開始。TVCM「まず~い、もう一杯!」が話題となり青汁ブームの火付け役となる。人々の生活の質の向上にフォーカスし、ヘルスケア事業・スキンケア事業など複数の領域で事業を展開。グループ会社に食品分析などを担うキューサイ分析研究所、青汁の原料であるケールの栽培を担うキューサイファーム島根をもつ。2019年10月、新たなコーポレートスローガン「生きるを、しなやかに。」を発表。

個人の能力向上ではなく、社員同士が有機的につながり合う組織作りが急務

—-プログラム導入の背景を教えてください。

私が通販事業の責任者だった時に、人事から、「キューサイ全社の社員の能力を底上げするために、どんなトレーニングがいいか?」という相談があったんです。戦略策定、マーケティング知識、プレゼンテーションといった、いわゆるビジネススキル向上を想定したヒアリングでした。

それを聞いて、「個人の能力開発よりももっと大切なことがある」というのが私の直感でした。キューサイという会社は、創業社長が自身の体験やお客様の要望に基づいて、事業を生み出し、拡大してきた歴史があるにも関わらず、日々仕事をしていても、社内で「お客さま」という言葉が少ないことや、一人ひとりの社員が何のために仕事をしているか、人生のミッションにつながるような会話がないことが気がかりだったんです。

これには理由があって、カリスマ創業者の影響が非常に強かったため、創業者退任後の事業売却等めまぐるしい変化の中にあっても、これまでのやり方、考え方にこだわってしまう。それで、結果が出ない事を互いに他責にし、建設的な話し合いができないような状態となっている。実際に、若手の離職やモチベーションダウンが目立ち、彼らを管理する所属長たちは疲れきっていました。さらに、社内の多くのところで言いたいことが言えない。部門長たちは横の連携が取れていない。課題山積な状態でした。

そこで人事には、「ビジネススキルの向上よりも、一人ひとりが有機的に繋がって高め合うような組織をどう作っていくかの方が重要ではないか」という話をしました。

「誰かが答えを出す」では限界がある。一人ひとりの当事者意識を高めるには?

—-なぜオーセンティックワークスを選んでいただけたのですか。

私自身が以前に、オーセンティックワークスの講座を受講したことがあったからです。私は元々、ものすごくタスクとリザルトベースで物事を考える人間でした。「仕事って別に結果さえ出ていたらいいでしょ」っていう(苦笑)。ただ、2011年の東日本大震災で、その考え方が一変しました。

当時は別の会社に勤めていたのですが、放射能問題や計画停電のなか、社員の境遇や気持ちより、事業継続を優先して推し進めた。その時は私も必死で。でも後から、「あれ?これで俺いいのかな?」という感情が押し寄せてきました。必死にやったのに全く満たされない。そんな時に、たまたまU理論を知り、そして、オーセンティックワークスのセミナーに参加したんです。一人の人間ができることって本当に限られている。だからこそ、人が繋がりあって、交じり合って解決策を積み重ねていくことが大切だということを、本当にすごく学びました。

2015年にキューサイに来た時、「誰かが答えを出してくれる。上司や社長の指示を待つ。」という雰囲気があり、4年前の自分の姿をフラッシュバックで見るような感覚がありました。これを変えるには、オーセンティックワークスだと思って、人事と一緒に、中土井さんに相談しに行ったのがきっかけです。

そして、組織が有機的に結合しながら部門長のリーダーシップ能力を高めることを目的としたプログラムが2016年の春からスタートしました。


取り組み概要

図版

激変する事業環境を背景に、約2年にわたって導入された組織開発プロジェクト。大きく3つのテーマから成る。具体的には、①第一ステージとして、部門長を対象に、視座向上・一枚岩化をテーマとした次世代経営幹部育成プログラムを実施。第二ステージとして、②所属長(課長クラス)の交流とリーダーシップ・マネジメント力向上をテーマとした所属長研修を展開するとともに、並行して、③キューサイが創り続けなくてはならない商品・サービスの定義とキューサイの社会的役割の定義を創った。そしてプログラム最後には、全部門長・所属長約50名を対象とした合同対話セッションを設け、組織として変化を推進していく基盤づくりを行った。

自身に訪れた社長辞令。向き合ったのは、どんな社会を創り出したいのか?

—-実際に導入してみてどのようなことを感じられましたか?

私自身も部門長として1年目はプログラムに参加する側でした。なので、あくまで当時の自分からの見立てですが、正直なところ、プログラムを通じて、自己変容して、周囲との関わりが変わったという参加者はわずかだったように思います。大きく変わった人もいれば、依然として受け身な参加者も多いという印象でした。

そうした中で、2017年の2月に私自身が社長になることとなりました。この時に、中土井さんから「何か手伝えることないですか?」と声をかけてもらいました。「神戸さんがキューサイという器を使って創り上げたい社会を聞かせてください」という話をもらって、この機会に自分の想いを整理してみようと取り組み始めました。

中土井さんとの取り組みの結果は2017年4月の所信表明へとつながっていくのですが、この間に中土井さんと、自社の未来についての対話を重ねながら、2016年に部門長に行ったプログラムを所属長向けにカスタマイズし、2017年から所属長向けプログラムとして継続的に実施していくことを決めました。

階層の垣根を超えた対話によって生まれた、キューサイのありたい姿の言語化

—-2年目の取り組みでは、どのような変化があったのでしょうか?

2016年に行った部門長プログラムにおいては、部門長の横の繋がりが出来ました。わたし自身社長になった際も、その時の絆のようなものが入社1年ちょっとの自分を社長として受け入れてくれる人がいるという糧になりました。

2017年に行った所属長プログラムでも、横の繋がりが強まっていくように感じていました。しかしながら、あくまでもそれは所属長同士の繋がりに過ぎないという感覚もありました。私自身の思いとして、「部門長・所属長の垣根を超えたナナメの繋がりが築かれなくては、組織を強くすることは出来ない」という気持ちがあり、もう一歩踏み込めないかと考えていました。

そうした中で迎えたプログラム最終回の「部門長・所属長対話セッション」は、その後の組織の変革を支えるターニングポイントになったと思います。所属長・部門長・経営陣という階層の垣根を越えて皆で立ち止まり、現場社員のこころも想像しながら、環境が目まぐるしく変化していることを受け止め、今後の在り方について、皆で備える機会となったのです。

そして、この最後の対話で見出すことができたのが、「私たちは一人ひとりの本来持っている可能性を信じ引き出すことで、「未来のあたり前」を創りつづけます。」という自分たちが創りつづける商品・サービスの定義と、「すべての生命が尊重され、笑顔とありがとうと活力に満ちあふれた「持続可能な社会」の実現を目指します。」という自分たちの社会的役割の定義でした。

「巻き戻るわけにはいかない」社員の内面に起きた変革への決意

—-その後、現在に至るまでどのような変化や成果が生まれていますか。

部門長、所属長に対するプログラムが終わって数年経ちますが、少しずつ前向きな兆しが出てきてると感じます。最初のうちは確かに、社員からは抵抗がありました。「あんまり波風立てないでください」とか「そういうのって、上の人が決めることじゃないんですか?」とか。でも徐々に、自分たちで考える、自分たち自ら行動するということを、怖れずにし始めています。

例えば、2019年度から、大きくビジネスモデルを変えたんですが、これは、これまでの新規顧客拡大の方針から、既存顧客深耕への転換というもので、現場にとっては非常に大きな変革です。かつ、まだまだ結果がついてこない状況でもある。しかし、そんな中にあっても、社員の中から、「巻き戻るわけにはいかない」「ここで変わらないとマズいでしょ」という話が沸いて出てきています。新しい方針の中で、業績に反映できることは何かを、自分たちで考え出そうとする動きが起きている。

以前であれば、結果が出ないと、おそらく「全部巻き戻す」となっていたと思うんですが、今回は変わることへの意気込み、決意がある。痛みを覚悟した上で、短期の売り上げも守ろうと奮闘してくれている社員への感謝とともに、経営としてしっかり成果につなげる努力をしていきたいと思っています。


変化の兆し①

変化の兆し①

キューサイを通じて「自由に自分らしく生きられる社会」を実現する

—-今後、創り出していきたいことは何ですか。

笑いたいときに笑って、泣きたいときに泣いて、怒りたいときに怒って、また笑いたいときに笑える。そんな「自由に生きられる社会」を作り上げていきたいと思っています。私が46歳の時に息子が生まれたんですが、息子が生きる世界に対して貢献ができる会社で仕事がしたいなっていう思いがあって、それでキューサイに入りました。そして、キューサイの事業を通じてそれを実現したいと考えています。

そういったことを具現化したこととして、2019年10月に、ロゴとコーポレートスローガンを刷新しました。創業55年を迎え初めてのチャレンジです。「自由に生きられる社会」を実現していくために、「青汁だけの会社」というイメージを変えていきます。

そして具体的にはまだ言えないのですが、別のドメインでの新規事業の構想があります。社員の中からも、既存ビジネスの枠を超えて、より広い視野で、目の前に来た情報を「あ、これ取った方がいいね」みたいな話が聞かれるようになりつつあります。これもきっと、変革の成果の一つですね。


変化の兆し②

コーポレートロゴ

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