ドラッカーがとらえた先行き不透明な時代における計画(プランニング)の姿とは?

2020年12月20日​ 中土井 僚「日々是内省」


早いもので2020年も終わりを迎えようとしています。今年は、COVID19によるパンデミックによって、「世界がひっくり返る」ということが実際に起こり得るのだということを、まざまざとみせつけられた一年だったように思います。


「私たちは『VUCAワールド』に生きており、激動の時代を生きているのだ」といううたい文句は日本においても5年前くらいから多用されるようになりましたが、多くの人にとって「変化が激しい時代っていうことだよね。そんなことわかりきった話だ」という程度にしかとらえていなかったように思います。


実際、私自身2~3年前から講演やセミナーの中でVUCAについて言及していましたが、あまり参加者に響いているようには感じられませんでした。


皮肉なことに、コロナ禍を境にVUCAの意味が伝わりやすくなりました。これは「変動が大きく、不確実で、複雑で、曖昧」という実体験を肌身で嫌というほど味わわされているということなのだろうと思

います。


しかし、ここで一つの疑問が残ります。


「変動が大きく、不確実で、複雑で、曖昧」だということはわかったとして、私たちはいったいこの時代の中でどう生きていけばよいのでしょうか?


私たちは激変する環境の中で、なすすべもなく、まるで洗濯機の中の糸くずのように、右往左往し、翻弄されるしかないのでしょうか?


このVUCAの本質を予見し、ある言葉を残していたのが、かのピーター・ドラッカーです。それは、


――――――――――――――――――――――――― 従来のプランニングは何が最も起こりそうかを考えた。 これに対し、不確実性の時代におけるプランニングは、 未来を変えるものとしてすでに何が起こったのかを考える。 ―――――――――――――――――――――――――


というものです。


「不確実性」と「計画(プランニング)」という概念は、対立概念であり、同居が難しい言葉のように聞こえます。


そのためか、この格言はにわかにはわかりづらく、どんな教訓とすればよいのかがわからないという人が大半なのではないでしょうか?


私自身、この格言には5年前くらいに出会い、時間をかけて意味を咀嚼していき、ようやく去年くらいから自分の言葉で語れるようになり、今年はコロナ禍のため方々でこの格言を紹介させていただいたこともあり、さらに解説がブラッシュアップされました。


ということで、今回は、「不確実性の時代におけるプランニング」をテーマに、私なりの洞察をLINE公式にてご紹介したいと思います。


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